嘔吐恐怖は、他人や自分が吐くことに対して過度な強迫的な恐怖を感じる状態を言います。トラウマの問題やPTSDと併発することのある症状の一つです。有病率は9%〜20%で、性差があり男性より女性に多い疾患と言われています。
嘔吐恐怖症の症状の原因として身近な人の嘔吐する苦痛な表情を見た経験や、自らが嘔吐した不快で苦痛な経験が、未処理のままトラウマ記憶の一つとして存在している場合もあります。主訴となる他のトラウマ記憶の再処理をEMDRで行っている際に、嘔吐に関する問題もターゲットの一つとして扱って欲しいと言われることもあります。
EMDRで嘔吐恐怖を治療する場合は、EMDRの「恐怖症のプロトコル」を用います。EMDRは本来、過去の問題が過去の問題になっておらず、現在の生活がトラウマ記憶によってフラッシュバックや身体的な不快感によって妨害されている場合に、過去の問題を過去の問題として扱えるようにしていき苦痛を取っていくことを援助する方法です。恐怖症を扱う際にも、恐怖症の症状形成と関わる過去の問題(恐怖反応の寄与記憶と最初の記憶)を扱いますが、それだけでは上手くいかないことがあります。恐怖症の問題へEMDRを行う場合は、過去の問題の処理が終わったら、恐怖症に関連する現在の刺激についてもターゲットにします。過去と現在の処理が終わると、未来にクライエント自身が適応的な行動ができている状況をイメージしてもらって、そこから出てくる肯定的な連想を処理して強化していくというやり方を用います。
「嘔吐体験のみで嘔吐恐怖が作られるのではないとしたら、嘔吐体験と絡んだ様々なストレスや背景にある問題も扱わないと回復は一時的なものになるかもしれない」(市井,2013)との指摘もあることから、他のトラウマ記憶が存在する場合はそれも処理されることが嘔吐恐怖症の症状を消失させるためには必要なのかもしれません。
【引用】
市井雅哉(2013)「嘔吐恐怖症-EMDRによる症例検討」「嘔吐恐怖症」野呂浩史編,金剛出版